頒布会

地産地消の新しい風

蔵元と米作りのこれまでとこれから

ヨーロッパなどではワインの製造業者がブドウづくりから行うことは珍しくありませんが、日本酒の世界でも近年、米作りにも力を注ぐ蔵元が増えています。

米が経済の屋台骨であった江戸時代。日本人の主食であり、武士の収入源でもあった米の価格の安定は、江戸幕府にとって最も重要な政治課題のひとつでした。そのため、幕府は豪農や豪商など、いわゆる地主の副業として酒造りを奨励しました。豊作の年には好きに酒造りを許して米価の下落を防ぎ、不作の年には酒造りを制限して米価の高騰を防いでいたのです。

蔵元の多くがかつでは地主であったことは、当然といえるわけです。しかし、戦後の農地解放で地主の多くが田畑を失った結果、蔵元も酒造りの原料米は農協などから購入することが一般的になりました。

しかし近年、より個性的で美味しい酒造りを目指して、蔵元が地元の農家と協力し合って、米づくりに積極的に関わる機運が高まっています。現在では姿を消した地域に馴染みの深い古い品種の稲を復活させるなど、独自性を重視する考え方が広がり、その延長線上には、ワインでいうテロワールに近い考え方を目指す蔵元も現れ始めています。

精米歩合だけで日本酒は語れない

精米歩合とは

精米とは回転する砥石で米粒の外側を削る工程です。精米する前のお米のことを「玄米」といい、精米後のお米のことを「白米」といいます。玄米は栄養分が多い反面、水を吸いにくいため、蒸したり炊いたりしても硬さが残ってしまいます。そのため、私たちがふだん食べているお米は、玄米の外側の1割程度を精米しています。日本酒造りに使うお米では玄米の外側の3割以上を削るのが一般的です。

このように、お米の外側1割を削った白米を精米歩合90%といい、3割削った白米を精米歩合70%といいます。

日本酒造りではなぜ米を磨くのか

米粒の外側には、タンパク質や脂肪分、ビタミン類が多いため、食べる分にはいいのですが、日本酒を造る際にはこれらをある程度、取り除く必要があります。

タンパク質は米麹の働きで、旨味や苦味などの成分であるアミノ酸に分解されます。いくら旨味成分だといっても、度を超せばクドく品の悪い味になってしまいます。また、脂肪分は酵母が芳香をつくる働きを邪魔してしまうため、一般的にはより精米した白米で造ったお酒のほうが、香りもよく、すっきりとした味わいになると言われています。それゆえ吟醸酒は精米歩合60%以下、大吟醸は精米歩合50%以下が条件になっているのです。

単純に削ればいいというものでもない

しかし一方で、精米すればするほど、デンプン質の割合いが高くなるため、お米の品種ごとの特徴は失われてしまい、度を超すと旨味も乏しく、香りも立たないお酒になってしまいます。まさに "過ぎたるは及ばざるがごとし"。どの程度精米するかは、蔵元が目的とする香味のお酒を造るために、お米の品種や造る商品によって決めています。

ポイントをおさえた精米が大事

お米に負荷をかけないように削る

じつは精米の仕方にも色々な方法があります。日本酒に使う白米は、飯米に比べて精米歩合が低いため、精米中に砕けてしまうことがあります。そのため、お米にできるだけ負荷をかけないような精米方法がとられてきました。ところで、従来の方法では、精米するほどお米はだんだん丸くなり、削りたい部分が残り、逆に残したいところが削れてしまうという問題点がありました。

原形精米

日本酒造りのための白米は昔から「原形精米」がいいと言われ、精米する前の玄米と相似した形に精米することが理想とされてきました。近年、コンピュータ制御による精米機の発達で、あらかじめプログラムした通りの精米が可能になりましたが、お米の質は品種や産地、年柄によっても違うため、すべてのお米を原形精米にすることはかなり難しいといえます。

扁平精米

この原形精米の考え方をさらに発展させたものが、「扁平精米」という精米方法です。お米に含まれるタンパク質は、玄米の表面から米粒の中心に向かってほぼ同じ厚さで分布しています。これを効率良く取り除くためには、米粒がやや平たい形になるように削ったほうがいいというわけです。

理想的な扁平精米による精米歩合70%は、従来の精米法での精米歩合60%以下に匹敵するといわれています。そのためには精米機の砥石をゆっくりと回転させる必要があるうえ、精米に長時間かかることから、普及にはまだ少し時間がかかりそうです。

麹米と掛米の違い

麹米と掛米

日本酒造りに用いられる白米のうち、約2割は蒸した後、米麹にして仕込みに用います。この米を「麹米」といいます。残りの8割は蒸した後、適温に冷ましてそのまま仕込みに用います。これを「掛米」といいます。

米麹は麹菌がつくる酵素で掛米のデンプン質を糖分に分解します。その糖分を酵母がアルコールなどに変えるわけです。麹菌はデンプン質を分解する酵素のほかにも、タンパク質をアミノ酸に分解する酵素などもつくります。

一般的な日本酒に含まれるアミノ酸の多くが苦味などの雑味を感じさせます。米粒の外側に多く含まれるタンパク質を取り除くためには、掛米の精米歩合をより低くすればいいのですが、それでは原料のコストが高くなってしまいます。 それなら、米麹のタンパク質分解酵素を弱くすればいい、という考え方になるわけです。

日本酒の香味を決める米麹

一般的に麹米の精米歩合を低くすれば、デンプン質を分解してブドウ糖をつくる酵素の活性が高くなり、タンパク質分解酵素は弱くなると言われます。 それを利用して、麹米をより低く精米する代わりに、掛米をほどほどの精米歩合に止めることで、原料米全体の精米歩合(平均精米歩合といいます)は、それほど低くなくても、コストパフォーマンスに優れた日本酒ができるというわけです。

ベテランの杜氏さんの中には、原料米全体の2割でしかない米麹が、日本酒の香味の8割を決める、と断言する人もいます。つまり、どのような酵素バランスの米麹をつくるかは、日本酒造り最大の技術的なポイントといえるのです。だからこそ、日本酒造りは"一こうじ(麹)、二もと(酒母)、三つくり(醪)" と言われるのです。

麹菌は日本の国菌

日本の酒造りに利用されるコウジカビ(麹菌)

酒造りにカビを利用するのは湿潤な気候である東アジアの特徴です。地域や造るお酒によって、使用するカビの種類は違います。

中国や朝鮮半島では主にクモノスカビというカビが利用されています。このカビは生のデンプン質に生えやすい特性があり、紹興酒やマッコリにも使用されてきました。

一方、日本酒造りに使用されるコウジカビは、蒸して糊状になったデンプン質に生えやすい特性があります。お正月の飾り餅に生えるカビのなかで一番多いのは、コウジカビだそうです。

「風土記」に登場するコウジカビ

では、日本のコウジカビはいつ頃から存在していたのでしょうか。

奈良時代初期の713年(和銅6年)、律令制度による中央集権国家を目指す朝廷は、全国の地名やその由来、産物、土地柄、伝承された出来事などについて報告書を提出するように命じました。それが「風土記」と呼ばれるものです。

そのなかの「播磨国風土記(はりまのくにふどき)」(現在の兵庫県南西部の風土記)には、播磨国一宮・伊和神社(いわじんじゃ)(兵庫県宍粟市)の伝承として「大神の御粮沾れて黴生えき、すなはち、酒を醸さしめて、庭酒に献りて宴しき」とあります。伊和神社の主神(大己貴神=大国主命)に供えた「かれい」が濡れてカビが生えてしまったので、その「かれい」を伊和神社と関係が深い庭田神社の境内を流れるぬくい川の水で仕込み、できたお酒を伊和神社に献上して宴を催したという内容です。これが日本酒造りにカビが用いられた最も古い記録です。

ここで重要なのは、「御粮(みかれい)」と書かれている点です。「かれい」とは蒸した米を乾燥させた保存食のことです。その「かれい」にカビが生えたというわけですから、コウジカビが主体であったと考えられるのです。この記録は、遠く弥生時代からの伝承であろうとされているので、日本酒の源流は約2千年前の弥生時代にまで遡ることができる、というわけです。

室町時代に完全無毒化されたコウジカビ

ところで、カビと聞くと身体に悪いイメージがあります。確かに古い時代のコウジカビには多少のカビ毒があったと考えられています。しかし、日本人は長い時間をかけて、コウジカビを無毒にしてしまいました。

近年、遺伝子の分析技術が進み、コウジカビは室町時代に完全に無毒化したことがわかりました。これを受けて、2006年に日本醸造学会は「ニホンコウジカビ(麹菌)」を日本の伝統発酵技術を象徴する微生物であるとして「国菌」に認定しました。

日本酒に新風を吹き込む白麹

「黄麹菌」と「白麹菌」「黒麹菌」

麹菌には日本酒造りに使われる「黄麹菌」のほかに、芋焼酎などの本格焼酎に使われる「白麹菌」や、沖縄の泡盛に使われる「黒麹菌」があります。

日本酒造りに使われる「黄麹菌」は、有機酸の生成が少ないため、酵母を培養する際、雑菌の侵入を防ぐために必要な有機酸を、ほかから持ってくる必要があります。そのために、かつては天然の乳酸菌が利用されていましたが、明治時代に市販の乳酸を使用する速醸酒母が開発され、現在ではそれが主流になっています。

一方、白麹菌や黒麹菌は、南九州から沖縄にかけての温暖地で使用されることもあって、雑菌汚染を防ぐためのクエン酸を大量につくる特性があります。

白麹菌を使った日本酒

この特性を利用して日本酒造りにも白麹菌を使ったものが登場しています。白麹菌がつくるクエン酸は、柑橘類に多く含まれる爽快でシャープな酸味です。白麹菌を使った日本酒には、従来の日本酒にはない爽やかな酸味のあるタイプが多いようです。

低アルコールに向かう日本酒

日本酒は世界の醸造酒の中でもアルコール分が高い

日本酒やワイン、ビールのように原料を発酵させただけのお酒のことを醸造酒といいます。本格焼酎やウイスキーなどのように発酵し終わったモロミを蒸溜して、アルコール分を濃縮したお酒を蒸留酒といいます。

醸造酒の中で、一般的なビールのアルコール分は5度程度です。ワインは12〜14度程度です。一般的な日本酒は15度以上、加水しない原酒では17度〜20度のものもあります。つまり、日本酒は世界の醸造酒の中で、もっともアルコール分が高いお酒のひとつといえます。

限界を超えて発酵を続けてしまう清酒酵母

これは、日本酒造りが米麹によるデンプン質の糖化と、酵母によるアルコール発酵が同時に進行する「並行複発酵」という高度な醸造方式であることにもよりますが、もう一つの理由は、ビール酵母やワイン酵母が、自分自身にとっても害となるアルコール分が一定以上になると、アルコール発酵を止めてしまうのに対して、清酒酵母は自分の身が危険であってもアルコール発酵を続けてしまう特徴を持っているから、ということが近年の研究でわかってきました。

モロミのアルコール分を抑えた低アルコール原酒

モロミの発酵の終盤、アルコール度数が16度を超え、17度以上になると、酵母の細胞膜が自らつくったアルコールで溶けて、酵母が死滅し始めます。死滅した酵母からはお酒の香味にとって害となる成分が溶出し、老ね香の原因となる物質も生じやすくなります。酵母の死滅を防ぐために蔵元では慎重な発酵管理をしていますが、モロミのアルコール分を控えめに抑えて酵母に負荷をかけない、という考え方から品質向上を目指したのが、原酒で15度前後の低アルコール原酒です。

新しいタイプの低アルコール日本酒も登場

ところで、日本人は世界中のあらゆる民族の中でもアルコールに弱い体質の人の割合が最も多いグループに属しています。また、日本酒に限らず、お酒に求められる機能が時代とともに変化して、酔うためのお酒から、味わうためのお酒や、会話や食事を楽しむためのお酒へと変化し、アルコール分が低いお酒が求められる傾向があります。こうしたことから、近年の日本酒のアルコール分は低い方向に向かっています。

しかし、単に仕込み水の量を増やしてアルコール分をさげたのでは、味わいのバランスが損なわれます。そこで、酸味や甘味などを増やしたり、酵母が発酵するときにつくり出す炭酸ガスをお酒の中に封じ込めたりする、新しいタイプの日本酒も登場しています。

タンク貯蔵から瓶貯蔵や生貯蔵へ

香味を大切にした1回火入れの「瓶貯蔵」「生貯蔵」

一般的な日本酒は、できあがった新酒を加熱殺菌して大きなタンクに貯蔵し、出荷のための瓶詰め時にもう一度加熱殺菌を施しています。つまり、ふつうの日本酒は出荷までに2回の加熱殺菌を経ていることになります。

しかし、本醸造酒や純米酒、吟醸酒などの特定名称の日本酒は、冷蔵などの特別な貯蔵法を用いる場合に限って、瓶詰めした状態で貯蔵することが認められました。この場合、加熱殺菌は瓶詰めのときに1回だけ行われます。このような日本酒を「瓶貯蔵酒」といいます。

一方、加熱殺菌をしない生の日本酒をタンクで低温貯蔵し、出荷のための瓶詰め時に1回だけ加熱殺菌を行うような日本酒を「生貯蔵酒」といいます。瓶貯蔵酒や生貯蔵酒の加熱殺菌は瓶詰めするときの1回だけですむので、香りの揮発が少なく、味わいへのダメージも少ないと言われています。

「瓶貯蔵酒」は、できて間もないうちに加熱殺菌することで、熟成がゆっくりと進み、すっきりとしたフレッシュ感のあるお酒になります。加熱殺菌までの日数が長い「生貯蔵酒」は、熟成が速めに進むことから、まろやかでふくらみのあるお酒となる傾向があります。

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