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頒布会

2007秋の頒布会

07秋頒布会 杜氏の腕比べ

酒造りの匠・杜氏物語

長らく日本酒造りを担ってきた杜氏の世界が変わりつつある
ということは夏の頒布会でも取り上げましたが、
その背景説明をここで。

この秋のテーマ内容&お申し込み案内頒布酒紹介

◆「杜氏」とは何か◆

日本の酒造りは、各地の農漁村の人々によって冬場の暮らしを維持するために、秋から春先までの間、各地の蔵元への出稼ぎという形で行われてきました。ひとつの蔵元には、数名から十数名の集団が出向きます。その集団を「蔵人」または、「酒人」などといい、そのリーダーを「杜氏」というのです。杜氏たちの出身地は、青森県から九州までの全国に点在し、「杜氏集団」と呼ばれる技能集団を形成しています。
*「全国の杜氏集団」参照

蔵元から酒造りの要請を受けた杜氏は、近隣の知人や、紹介のあった人々などでグループを編成して蔵元に出向きます。蔵人たちには、それぞれ役割があり、杜氏はそれを想定して人選します。
*「蔵人の役割」参照

杜氏には、半年にも及ぶ酒造りの間中、酒造りの技術だけでなく、蔵人の待遇面から、人間関係、さらに健康状態にいたるまで責任を負う能力と、統率者としての人格が求められます。酒はひとりでは造れません。いかに技術が優れていても、それだけでは杜氏にはなれないのです。

◆杜氏集団の誕生?江戸から明治へ?◆

◆「寒造り」の定着が生んだ杜氏集団

杜氏集団が誕生し始めたのは、江戸時代の中頃のこと。それまでの酒造りは、9月頃から翌年の春の彼岸までが期間で、季節ごとに造り方も酒の呼び名も違っていました。

9月頃から造られる「新酒」は、“初ものの酒”として人気がありましたが、まだ暖かい季節のため、酒のモロミが腐る「腐造」が相次ぎ、貴重な米が失われていました。そのため、幕府は「新酒」造りを禁じ、冬に集中して酒を造る「寒造り」を奨励しました。この寒造りの定着によって杜氏集団が誕生したのです。日本酒の主産地があった近畿地方の山深い里や海辺の漁村を始まりとして、雪深い北国にも杜氏集団が誕生して行きました。

丹波杜氏(兵庫県)や備中杜氏(岡山県)などの伝承では、伊丹や西宮(ともに兵庫県)あたりで酒造りを学んだ人物が、その技術を生まれ故郷に持ち帰ったのが、その始まりといわれています。

◆“流儀”が形成された明治時代

明治時代に入ると、新政府の産業振興政策によって各地の農漁村で杜氏の育成が盛んになり、全国各地に杜氏集団が誕生していきました。その多くは、丹波杜氏を講師に招きましたが、有名な「宮水」による硬水仕込みを前提にした丹波流の酒造りは、どこにでも通用する技術ではなく、各地で技術の改良が行われました。こうして、杜氏集団ごとの流儀が形成されていったのです。

◆変わりゆく杜氏の世界◆

◆数多の名杜氏

貧しい寒村での暮らしを支えるために、親から子へ、師匠から弟子へと受け継がれながら、次第に研ぎ澄まされてきた酒造りの技。

戦後、復興の過程で日本酒の生産量も増え、全国の杜氏集団も活況を呈します。杜氏の村では、過半数の男性が蔵人であることも珍しくありませんでした。厳しい酒屋の仕事も村の若者たちにとっては魅力的でした。

杜氏ともなれば、一目置かれる村の名士なのです。村によっては、蔵人を経験して初めて一人前の男として認めてもらえるような習慣も芽生えました。こうした厳しい修行を経て、幾多の名杜氏たちが誕生したのです。

◆後継者難

しかし日本が豊かになるにつれ、全国各地の杜氏集団は後継者難という課題に直面することになりました。高度成長期に入ると酒造りも近代化が進み、人手を必要としなくなりました。同時に地方での産業も発展し、出稼ぎそのものが徐々に減少し、杜氏の子弟も普通のサラリーマンになることが増えたのです。

◆新しいタイプの杜氏が台頭

このままではやがて日本酒が造れなくなるのではないか、と危ぶまれた昭和50年代の半ば。しかし、杜氏の村以外で酒造りを志す若者が現れ始めました。「ものづくりがしたい」「普通のサラリーマンにはなりたくない」など、職人の道に憧れ、酒造りという冒険の人生を志す若者たちが現れたのです。

その多くは、正社員として蔵元に入社し、ベテランの杜氏に酒造りを学びました。彼らは近代的な学理と若い感性が融合した新しいタイプの杜氏であり、新しい日本酒の可能性を広げる原動力になり始めています。

杜氏の世代交代の時期を迎えている今は、伝統的な徒弟制度の中で育ったベテラン杜氏の熟練の技と、若々しく自由な慣性で日本酒の新しい味わいに挑戦する新鋭杜氏の技、その両者をともに堪能できる希有なときでもあります。今回の頒布会では、まさに今でなければ味わえない、熟練杜氏の酒と新鋭杜氏の酒をお届けします。

補足

全国の杜氏集団

*は近年消滅した杜氏集団です。南九州の焼酎杜氏は含んでいません。


◆津軽杜氏……出身地:青森県弘前市周辺

すでに数名を数えるほどに減少。消滅の危機。


◆南部杜氏……出身地:岩手県北上川流域

現在、日本最大の杜氏集団。中心地は、花巻市石鳥谷町。


◆山内杜氏……出身地:秋田県横手市(旧・山内村)

現在では、秋田県全域の杜氏を「山内杜氏」と呼んでいる。


◆庄内杜氏……出身地:山形県庄内地方

すでに数名を数えるほどに減少。消滅の危機。


◆会津杜氏……出身地:福島県会津若松市周辺

一度は人数を減らし杜氏組合も解散したが、近年復活した。


◆飯山杜氏……出身地:長野県飯山市周辺

現在10名強の杜氏が在住。


◆小谷杜氏……出身地:長野県北安曇郡小谷村

現在10名強の杜氏が在住。


◆諏訪杜氏……出身地:長野県諏訪市周辺

現在10数名の杜氏が活躍。


◆越後杜氏……出身地:新潟県中南部

かつては、全国一を誇った杜氏集団。現在でも、南部に次ぐ大きな杜氏集団。「野積杜氏」(長岡市寺泊)、「越路杜氏」(長岡市・小千谷市周辺)、「刈羽杜氏」(柏崎市周辺)、「頸城杜氏」(上越市周辺)などの小区分の呼び名もある。


*志太杜氏……出身地:静岡県志太郡大井川町周辺

平成8年、消滅。


◆能登杜氏……出身地:石川県珠洲市周辺

近年注目される能登半島突端の杜氏集団。


◆大野杜氏……出身地:福井県大野市周辺

もともと精米が専門の精米杜氏の集団だった。消滅の危機にある。


◆越前糠杜氏……出身地:福井県南条郡南越前町糠地区

すでに数名を数えるほどに減少。消滅の危機。


*丹後杜氏……出身地:京都府京丹後市丹後町

平成17年、消滅。


◆丹波杜氏……出身地:兵庫県篠山市周辺

灘の蔵元たちが育て上げた杜氏集団。かつては、大勢力であった。


◆南丹杜氏 ……出身地:兵庫県養父市周辺

大正の頃誕生したもっとも新しい杜氏集団のひとつ。消滅の危機にある。


◆城崎杜氏……出身地:兵庫県豊岡市城崎町

人数も少なくなり、消滅の危機。


◆但馬杜氏……出身地:兵庫県美方郡香美町・新温泉町

南部、越後に次ぐ勢力ながら、近年の減少は著しい。


◆出雲杜氏……出身地:島根県松江市周辺

松江市秋鹿町周辺の出身者を「秋鹿杜氏」という。


◆石見杜氏……出身地:島根県益田市・浜田市周辺

すでに数名を数えるほどに減少。消滅の危機。


◆備中杜氏……出身地:岡山県笠岡市・浅口市周辺

人数も少なくなり、消滅の危機。


◆広島杜氏……出身地:広島県東広島市安芸津町周辺

中心地が安芸津町三津であることから、「安芸津杜氏」や「三津杜氏」ともいった。


◆大津杜氏……出身地:山口県長門市周辺

人数も少なくなり、消滅の危機。


◆熊毛杜氏……出身地:山口県周南市周辺

人数も少なくなり、消滅の危機。


◆越智杜氏……出身地:愛媛県今治市・越智郡の島々

人数も少なくなり、消滅の危機。


◆伊方杜氏……出身地:愛媛県西宇和郡伊方町

伊方半島突端の町。人数も減り、消滅寸前。


◆土佐杜氏……出身地:高知県南国市周辺

事実上消滅したともいえる杜氏集団。現在は、高知全域の杜氏たちが支えている。


◆芥屋杜氏……出身地:福岡県糸島郡志摩町芥屋

すでに数名を数えるほどに減少。消滅の危機。


◆筑後杜氏……出身地:福岡県久留米市・柳川市周辺

旧地名より「三潴杜氏」「柳川杜氏」などの呼称がある。


◆肥前杜氏……出身地:佐賀県唐津市肥前町周辺

人数も少なくなり、消滅の危機。


◆平戸杜氏……出身地:長崎県平戸市周辺の島々

かつては、島ごとに「平戸杜氏」「生月杜氏」などと呼んだ。


◆小値賀杜氏……出身地:長崎県北松浦郡小値賀町

五島列島小値賀島の杜氏集団。すでに人数が減少。消滅の危機。


蔵人の役割


杜氏(頭司)………酒造り全般の総責任者。蔵人の代表者として蔵元への意見具申もする。


三役

 ◇頭(脇頭司)…………杜氏の補佐役。酒造り全般を管理。モロミの管理者を兼ねることも多い。


 ◇麹屋(麹師・大師)……麹造りの責任者。蒸し暑い麹室のなかで、昼夜兼行の仕事。酒造りの最重要過程。


 ◇モト屋(モト師)……酒母造りの責任者。麹の次に大切な工程、酵母の純粋培養を一手に引き受ける。


釜 屋………………洗米から蒸米造りまでの責任者。暗いうちからの早起きが要求される。


船 頭………………モロミを槽(ふね)と呼ばれる搾り機で搾る時の責任者。船頭という呼び名は一種の洒落。


道具廻し……………酒造用具類の管理、整備、洗浄の担当者。


追廻し(走り)………若い蔵人の役職で、適時各責任者の手助けを行う。


飯屋(飯炊き)……蔵人たちの食事係。もっとも新しい蔵人の仕事のひとつ。食事以外の仕事にも駆り出される。


精米師(搗き屋)精米の責任者。昔は精米専門の集団が存在した。そのため、蔵人には入れないことも多い。


*大きな蔵元では、三役にそれぞれ補佐役がつくことがあります。いくつもの蔵を持つような蔵元には、各蔵ごとの杜氏のうえに全体を管理する「大杜氏」または、「総杜氏」が存在する場合があります。小さな蔵元では、一人でいくつかの役職を兼ねることもあります。

 
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