日本名門酒会 蔵元紹介

蔵の概要

環境

環境

各地の天領の中で、陣屋(代官の詰所)が現存しているのは唯一、飛騨高山のみ。

本州の中心、日本の屋根と呼ばれる北アルプスの麓に位置する飛騨の国・高山市は、東西を険しい山に、南北を厳しい峡谷に囲まれた盆地にあります。古くから木工業が盛んで、多くの飛騨の匠が技を競いました。江戸時代には幕府の天領となり、天領の中では陣屋(代官の詰め所)も唯一現存します。その当時の面影を偲ばせる"飛騨の小京都"とも呼ばれる市内の古い街並み周辺に、久寿玉蔵元を含めた8軒の酒蔵があります。標高570mにあるため大陸性の気候に近く、湿度が低いからりとした空気で、昼夜と夏冬の温度差が大きく、冬は高原盆地特有の激しい冷え込みとなり氷点下15度近くまで下がることがあります。


歴史

歴史

北アルプス乗鞍岳を臨む飛騨高山市街

蔵元の正確な創業年は定かではありませんが、菩提寺の過去帳には元和9年(1623年)の記録が残り、元禄10年の「造酒屋帳」に記されている高山の造り酒屋56軒の中に平瀬屋六助の名があることから、元禄年間の創業としています。大正元年、大火に見舞われ文庫蔵一棟を残して住宅ほか酒蔵数棟を焼失、翌年には12代目が逝去するなど相次ぐ不幸に見舞われたものの奮起。大正4年頃に灘の清酒の評判を聞き、辰馬酒造へ見学に行き、丹波より杜氏を招聘。飛騨で初めて清酒を造り好評を得て、現在に続く基礎を作りました。酒銘「久寿玉」の語源は「薬玉(くすだま)」にあり、「おめでたい、邪気を払う」という願いを込めて「久寿玉」と読みかえ名付けられました。


造り

造り

14代380有余年にわたって平瀬市兵衛を襲名する歴代の当主が『他の商売には如何なる事があっても事があっても絶対に振り向かないこと、酒造り業一筋に生きる』を家訓に、酒造りを続けてきました。山紫水明な飛騨高山で北アルプスの清らかな伏流水と、地元産米《ひだほまれ》などを用い、氷点下5度以下までに冷え込む厳冬期に寒造りされます。全商品が本醸造以上の特定名称酒。古くは交通の便が悪く、冬になると陸の孤島となり、焼味噌・干物・漬物の類しかなかった土地柄で、その塩気のしっかりした食べ物にも合う濃醇辛口のお酒を醸しています。


味わい&合う料理

食

朴歯味噌

ボリューム感のある農醇辛口のお酒です。しっかりとした酸味を引きしめる心地良い苦味が味わいにキレを与えています。

蔵元おすすめ酒に合う地元のうまいもん

朴葉味噌 古くからの飛騨の名物料理。朴葉の上でみりんや日本酒と合わせた地味噌を焼いたものです。飛騨ねぎと かつおぶしをトッピングするシンプルなものから、季節により山菜やきのこを入れたり、最近では飛騨牛や渓流の岩魚を乗せたものまであります。みりんを多くして甘めにした朴葉味噌には『久寿玉 飛騨の辛燗純米』をぬる燗で、みりんを少なめにして辛めにした朴葉味噌には『久寿玉 飛騨の辛燗本醸造』を上燗で合わせていただくとばっちりです。


周辺情報

高山陣屋 陣屋とは江戸幕府が直轄領を管理するために置いた、郡代・代官の役所。幕末には全国に60数ヵ所あったと言われている郡代・代官所の中で、当時の建物が唯一現存するのは高山陣屋だけ。

高山市郷土館 飛騨国の歴史民俗資料約75,000点を所蔵し、そのうち900点を常時展示。飛騨の匠の美術工芸品ほか、直轄領になる以前の領主・金森氏の遺品などがある。建物は明治8年に建てられた旧永田家の檜造りの土蔵で、旧酒蔵などはそのまま古い酒造りの用具が展示された酒造り資料室となっており、飛騨の酒造りを知ることができる。

古い街並み 高山市街中心部、江戸時代から明治時代に建てられた町屋が多く残る上三之町、上二之町、上一之町、片原町、神明町4丁目にまたがる地区。「高山市三町伝統的建造物群保存地区」の名称で国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

高山市公式観光サイト

ぎふの旅ガイド